強迫性障害がつらい時、死にたいよりは消えたいと思っていた




どうも、元強迫性障害ブロガーのちゃんこです( ^∀^)

 

女性
強迫行為がつらくて死にたい(消えたい)……

それほど追い詰められている強迫性障害の患者さんも多いかと思います。

ぼくもその一人でした。

 

ただぼくの場合は、「死にたい」というよりも「存在をなかったことにしたい、消えたい」という方が、

ニュアンスとしては近かったのかなあと振り返ってます。

近い感覚の人もいるんじゃないかと思い、当時の状態を書き起こしてみます。

 

死んだ時の周りへの迷惑を考えると、死ぬことすら強迫観念に。

なぜそう思っていたのかというと。

ぼくは様々な強迫観念の中でも、加害恐怖が特にひどかったので、あらゆる強迫行為がそれに起因していました。

 

  • 手を繰り返し洗う→手についた血や細菌で誰かが病気にならないか怖い
  • 通り過ぎた道を何度も往復する→誰かをひいてないか、ぶつかって怪我をさせてないか怖い
  • うっかり地面に触れたカバンなどの持ち物を何度もファブリーズする→誰かが触って病気になるのが怖い

 

こんな具合。

「死にたい」という考えも、加害恐怖によって邪魔されていました。

 

死ぬならやっぱり、部屋で一人で死ぬしかないよなぁ。

→死体発見が遅れたら腐敗してるかも…

→部屋が汚染され、死体を見つけた人も汚染されるかも?

→死んだ痕跡を残さず、「消えたい…」

ちゃんこ
こんな考え方の経過をたどってました。

 

死ぬことすら、加害恐怖によって怖くなってました。

だから、まるで初めからいなかったかのように、霧のように消えたいと思ってましたねぇ。




 

「死ぬ」という選択肢がないからこそ余計に苦しい

 

「死なないで!!」

「死ぬなんてダメだ!!」

「生きたくても生きられない人がいるのに」

自殺したい願望がある人には、たくさんの「真っ当な」意見が寄せられます。

煽りでなしに、本当に真っ当な声だと思います。

 

ぼく自身も、今は死ぬよりは生きたほうが良いと考えてます。

ただ逆説的ですが、現状が苦しい人にとっては「いざとなったら死ねる」という選択肢があるからこそ、

現状に光明を見出してるという側面もあると思うんです。

 

その”希望”が取り上げられてしまったら、さらに追い詰められる。

もう何の手立ても残っておらず、本当にどうしたらいいかわからなくなる。

 

この感覚は、実際に死にたい心境まで至った人でないとなかなか理解できないかも。

だからぼくは、「死んだらダメ」とか真顔で言う気にはなれないんですよね。

 

前置きが長くなりました。

強迫性障害がひどかった時のぼくも、「死ぬ」という最終手段とも言える選択肢が取り上げられた状態でした。

 

ちゃんこ
まさに八方塞がり

 

「死ぬことも許されない」という状況は精神的にかなりキツイんですよねぇ。。

 

伝わったかな??/(^o^)\

 


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