精神科医ではないただの元患者が強迫性障害について書く意味




「強迫性障害の専門家」といえば誰になるでしょうか?

・精神科医

・大学の先生

・臨床心理士

etc…

世の中にはたくさん、強迫性障害に詳しい方はいらっしゃいます。

そんな中、学校で病気について学んだわけでもなく、医者でもない僕が強迫性障害のブログを書く意味ってなんなのでしょう。

最近よく考えてます。

いろいろ考えた結果、やっぱり「当事者の声だから届くことがある」んじゃないかなあと思ってます。

治療に詳しい=患者を理解できるではない

僕が心療内科に通っていた頃、担当の先生はとっても良い方で。

決して僕を急かすことなく、「ゆっくり構えていこうよ」って言ってくださるような、

優しい先生でした。この先生で良かったな、といまでも思ってます。

 

関連記事:僕が強迫性障害になった原因、治療、そして克服(後編)

 

でも、この先生も強迫性障害を直接経験されたわけではなかったんですよ。

何が言いたいかというとですね、

 

強迫性障害の専門家=当事者の気持ちを理解できる

「わけではない」ということです。

 

良い、悪いではなく、しょうがないんです。だって病気になったことないんだもの。

患者同士だからこそ、理解しあえる病気の「怖さ」とか「ニュアンス」ってあると思うんです。

 

良いお医者さんはいっぱいいらっしゃいますよ。

治療の方針、どう病気と向き合っていくべきかなど、

お医者さんのアドバイスなしでは、僕も病気を克服できませんでした。

 

だけど、

「何度も戸締りを確認しても」

「何度も手を洗っても」

納得できない気持ち、つらさは、

当事者からの発信だから、「わかる〜!」って共感できる面もあります。

それが、元患者の僕が闘病体験を発信する意義なんじゃないかと。

難しい言葉を使わないから、届く?

僕は医者ではありません。だから、僕が発信する強迫性障害の情報は、僕が理解できるように噛み砕かれたものです。

仕方ないのですが、医療機関や厚生労働省の発信する情報には専門用語も多く、

僕自身も病気の時は読むのがシンドイなあと感じてました。

 

ただの元患者で、一般人だからこそ、当事者と同じ目線に立ちやすいというアドバンテージはあると思います。

同じ目線から放たれた言葉なら、きっとつらい人の心に届くはず。

そう信じて、日々のブログを書いています。

これが、僕がブログを書く理由です。

 

良かったら、「こんな記事が読みたい」というリクエストもください。

できる限り、お応えしますよ♪

 










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